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子育てとまったり暮らし

娘の斜頸・股関節脱臼通院記録と育児諸々

熊本から避難をしました。

ひとりごと

続きをつらつらと書き連ねます。記録としても残して行きたいと思っているので思った事感じた事をそのまま書いていくつもりです。

 

4月16日

その後、夫が起床し、警報が鳴り止まなかった家の様子を見に行くという事なので、私は避難所で娘と待機。その間に体育館の舞台の上で同じぐらいの乳児と遊ぶ。子ども達が戯れている様子は可愛らしかった。

ちなみに避難所のトイレは、2度目の地震からは水道が止まり、明け方に使用した時には既に異臭を放っていた。プールの水があるのでプールサイドのトイレは使用ができたようなのだが、その情報が届かず、水道の止まったトイレを使い続けているような状態だった。まさに混乱を極めていたようだ。

そうこうしているうちに夫よりメール。

「家が水びたしだ…これは住めない」

文面を見る限り、かなりのショックを受けているようだった。築年数は浅めのマンションだが、どうやら上層階の水道管が割れてしまったようだった。家の中では警報が鳴りっぱなしで止められない状況だと言う。

家の状態を写真で送ってもらい、関東の母へ相談すると、来れるならくれば?と言われ、夫は会社より元々1度目の地震が起きた時より、出張の話が出ていたので、ぐちゃぐちゃの家を置いたまま、関東へ出る事を決意。(この時点で朝9時頃)

しかし、空港はもちろんの事、電車も熊本から出るものは止まってしまっている。とりあえず、福岡へ出、福岡より飛行機に乗る事を考えたが、バスも止まっているので残るはタクシー移動になる。タクシーで大牟田まで出、そこから西鉄に乗るというのが考えられる最短のルートだった。

最寄りのタクシー乗り場に向かうが、5〜6人がまっており、2時間タクシーは来ていないとのこと、タクシー会社に片っ端から電話をかけるが、大体4時間待ち程度だと言う。タクシー会社によっては電話がパンクしてつながらないところも多かった。タクシー会社に電話し、事情を伺うと、多くの人が福岡へ向かっているために、熊本のタクシーが帰って来てないとのことだった。それを聞き、夫は熊本▶︎福岡を往復しているタクシーがおりた瞬間に捕まえるべく、徒歩で大きな道路へと向かった。その夫を見、タクシー乗り場に並んでいた人も探しに出、お互いに声を掛け合ったところ、全員が福岡へ向かいたいとことだったので、タクシーを乗り合う事にした。

そうこうしているうちにタクシーを見つけ、4人で乗り合い。普段だったら1時間半未満で到着するはずの距離だったが、交通渋滞や規制で2時間程度かかった。その間娘は比較的おとなしくしてくれたが、乗り合いをしてくれた方々には大変申し訳ない気持ちになった。

そうして西鉄に乗り、福岡へ。

福岡へ入り、窓ガラスに写る自分の顔を見たら、顔色が悪く、ぼろぼろの状態である事に初めて気がつく。天神の町中はいつも通りキラキラとしていて、その中によれよれの家族3人でふらふらしながらホテルへと向かった。娘は長い道中で眠ってしまったのでそのままそっとしておいた。夫は食事に行きたいと言ったが、私はもう食欲が無く、何も食べたくなかったのでホテルで休憩をとった。

その日はサンドイッチを食べ、そのまま寝てしまった。